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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)316号 判決

原告

ダイニック株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

被告

アルプス電気株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年審判第18133号事件について平成10年8月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「インクリボン付カートリッジ」とする別紙写真表示の登録第824674号意匠(昭和62年5月13日出願、平成3年9月30日設定登録。以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。

原告は、平成9年10月28日、被告を被請求人として、本件登録意匠について登録無効の審判を請求し、特許庁は、これを平成9年審判第18133号事件として審理した結果、平成10年8月24日に、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成10年9月2日に、その謄本を原告に送達した。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。なお、審決の甲第1号証の1ないし9は、本訴の甲第3号証の1の1ないし9、審決の甲第2号証は、本訴の甲第3号証の2、審決の甲第3号証の1ないし11は、本訴の甲第3号証の3の1ないし11にそれぞれ対応する。

3  本件登録意匠の構成

(基本的な構成)

(1) 本件登録意匠は、筺体と内蔵されたインクリボン(以下「リボン」という)とからなり、その基本的な構成は、次のとおりである。

〈1〉 筺体は、正面から見て、略横長方形状の扁平略直方体形状である。

〈2〉 その正面部の中央位置には、左右対称に、やや間隔を空けて、1対の小正円形の透孔が穿たれている。

〈3〉 上記1対の透孔の間に横長細帯状の窓部が配されている。

〈4〉 四隅を小さい斜状に隅切りしている。

〈5〉 下端部の中央寄り左右対称に、かつ、やや間隔を設けて、正面から見て略横長方形状の1対の凹部を配している。

〈6〉 上記凹部際の下面に各々細い切欠き線状のリボン出入口部を左右平行に計4本設けている。

〈7〉 上記リボン出入口部から、リボンが各凹部下面側に橋渡し状に裸出している。(具体的な構成)

(2) 筐体の構成比率につき、縦、横、厚みが略10:16:3の扁平略直方体形状である。

(3) 透孔につき、その内周面にテープ状のリボンの巻取り用リールの中空円筒状で数個の突起を有する軸心の内周面が表れる。

(4) 窓部につき、正背面両面に、幅が透孔の径の略4分の1の細幅で、長さが左右透孔の間隔よりわずかに短く、外観にリボンの巻取り状態が表れる。

(5) 四隅の斜状の隅切りの態様につき、正面から見て傾斜度が略45度、側方から見て斜面状となった切欠き状の面で、うち上端側の2隅が同一の大きさで下端側の2隅よりやや大きい斜面となっている。

(6) 下面部は、その左右幅全長を略5分割し、中央略5分の1の面中央にはやや広幅の溝部を設け、その左右の略5分の1の各面はやや深い凹部とし、そのさらに左右の5分の1の各面には、中央寄りから両端の斜面部までの間に、細溝部、次に矩形状窓部を設けている。

(7) 上記やや広幅の溝部につき、正面から見てやや横長方形状で長さが筺体の奥行きの略3分の2の長さとし、最奥部に小さい爪部を設けている。

(8) 上記凹部につき、正面から見て縦横が1対3となる略横長方形状で、筐体前後面を貫いて設けられている。

(9) 4本の切欠き線からなるリボン出入口部につき、筐体の奥行きと平行に略奥行き一杯に設け、正面部及び背面部の下端凹部際に、正面から見て、極小略半円状のガイド突起が延設されている。

(10) 細溝部につき、リボン出入口際に、正面から見て、極小矩形状で長さが筺体の奥行きの略3分の2の長さとし、最奥部に小さい爪部を設けている。

(11) 矩形状窓部につき、1つは、筺体の正面部下端右斜面際に、正面から見て、小矩形状、下面から見て、崖体の厚みの略半分の長さまでの切欠き状で、同様に、他1つ、背面部下端右斜面際にも設けている。

(12) 筺体上面左右両隅の斜面際にごく小さな凹状切欠き部を各1個対称状に設けている。

(13) 筐体上面中央に、正面から見て、小横長方形状の切欠き状凹部を奥行き一杯に設け、奥行き中央に左右幅一杯に細幅突条の爪部を配している。

(14) リボンにつき、筐体の厚みよりわずかに狭い広幅の往復使用可能にリールに巻かれているテープ状である。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の理由中、「第Ⅰ、請求人の申立て及び理由」及び「第Ⅱ、被請求人の答弁及び理由」は認める。「第Ⅲ、当審の判断」のうち、「一、本件登録意匠」については、本件登録意匠が審決指摘の(1)〈1〉ないし〈7〉及び(2)ないし(14)を形態的部分として有することは認めるが、これらの点を本件登録意匠のいわゆる要部として審決が抽出認定したのであれば、否認する。「二、請求理由の当否」は争う。

審決は、本件登録意匠について、出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に創作できたものとはできず、しかも、出願前周知の部分形態と断定できない多くの特徴点を有しているから、意匠法3条2項(平成10年法律第51号による改正前の意匠法のもの。以下同様。)に規定する創作が容易な意匠と認めることはできないと認定判断しているが、誤っており、取り消されるべきである。

1  基本的な構成態様(1)〈1〉ないし〈3〉及び具体的な構成態様(2)ないし(4)について

(1)  審決は、甲第3号証の1の1ないし9記載の各意匠から、本件登録意匠の構成部分ないし要素である(1)〈1〉ないし〈3〉の基本的な構成態様及び(2)ないし(4)の具体的な態様が周知の事項であることが示されるものではない旨(審決書23頁3行目~19行目)認定しているが、誤りである。

まず、甲第3号証の1の1ないし9によれば、本件登録意匠の基本的態様(1)〈1〉及びこれに関連する具体的態様(2)は、本件登録意匠の登録出願当時周知の事項であったことが明らかである。すなわち、これらに記載された各カートリッジの形態からして、少なくとも、基本形態を扁平直方体形状とし、かつ、その縦、横、厚みの比率が10:15~16:2.2~2.3とするものが、日本国内において当業者に広く知られていたことは明らかであり、上記比率における厚みは、収容するリボンの幅との関係で任意に設定されるものであることも周知の事項であったため、これを多少増減する程度のことも周知の事項に属するものであったといえるからである。

本件登録意匠の基本的態様(1)〈2〉及びこれに関連する具体的態様(3)も周知の事項であったことは、甲第3号証の1の1ないし9によって明らかである。すなわち、甲第3号証の1の1ないし9記載の各カートリッジは、内部に収容される一対のリールに巻回されたインクリボンを一方(巻出し側)から他方(巻取り側)に向けて走行させる必要があり、そのためにはカートリッジをプリンタのキャリッジ上に装着したときに少なくとも一方のリール(巻取りリール)に駆動軸を係合させつつ挿入して回転駆動させなければならず、これを可能にするために、一対の小正円形の透孔をリールに対応させた位置に設け、かつ、リールの内周面に駆動軸との係合を達成するために設けた複数の突起が透孔内に現わされることが、この物品をカートリッジとして機能させるために最低限必要不可欠な構成であり、この構成は、およそ、すべてのカートリッジにおいて共通する構成であるからである。

本件登録意匠の基本的態様(1)〈3〉及びこれに関連する具体的態様(4)が周知の事項であったことも、証拠によって明らかである。すなわち、基本的態様(1)〈3〉は、リボンの巻取り状態、つまり、リボン残量を確認するための透視窓を設けたことに関するものであり、このような窓を一対のリール孔の間に設けることは、甲第3号証の1の3ないし6及び9に示されており、普通に行われていたことが認められ、かつ、その具体的構成(4)として抽出された事項のうち、窓の幅寸法や長さ寸法をどのように設定するかは、単なる設計事項に過ぎず、これら寸法について上記甲号各証に示されたものと意匠的に見て大きな相違があるとはいえないからである。

2  具体的な構成態様(5)について

審決は、筺体の四隅を隅切りにすることは慣用の手法ではない旨認定しているが(審決書25頁1行目~27頁3行目)、誤りである。

筺体の四隅を隅切りにすることは、甲第3号証の2、甲第3号証の3の1ないし11に示されるように、本件登録意匠に係る物品であるインクリボン付カートリッジにおいて周知の形態処理であり、当業者にとって、これをインクリボン付カートリッジに適用することには何らの創作力も要しないことであった。また、上記各証拠を離れて考えても、意匠における創作容易の判断は、物品との関係を離れて抽象的に把握される周知形態との関係で判断されるべきものであり(最高裁判所昭和49年3月19日第三小法廷判決民集28巻2号308頁)、一般に略直方体形状の物品において四隅を斜めに直線状に切除することは周知慣用されているところであるから、結論に変わるところはないはずである。

審決は、本件登録意匠と同様の角部処理が多種物品における造形的角部処理として慣用の手法であると認定しながら、「内蔵されている種種の機構を考慮することなく行い得ないもので、慣用の手法とは同列でない。」(審決書26頁5行目~7行目)としている。しかし、略直方体形状のカートリッジ本体内にインクリボンを円形に巻いた一対のリールを収容するこの種物品にあって四隅に空間が確保されることは自明であるから、その空間を利用して周知慣用の手法による隅切りを施すことに格別困難性はないはずであり、審決の判断は誤りである。

3  具体的な構成態様(6)ないし(14)について

具体的な構成態様(6)ないし(14)は、甲第3号証の1の2ないし6、8、9及び甲第3号証の1ないし11に各記載の周知慣用の形態を適用したにすぎないもの、あるいは、本件登録意匠に係る物品をキャリッジ上の所定位置に装着して当該物品本来の機能を達成するために不可欠な形態であって、それら形態には何ら意匠としての創作性を認めることができない。しかも、これらのうち、具体的な構成態様(6)ないし(11)及び(14)は、いずれも意匠公報からはほとんど視認し得ないような細部の形態であり、看者にとっては、単に周知慣用の手法によって左右対称に一対の凹部を設けたと同程度の意匠的特徴としか認識されないものであり、具体的な構成態様(12)及び(13)は、いずれも意匠公報からはほとんど視認し得ないような細部の形態であり、看者にとっては、単に周知慣用の手法によって位置決め用の凹部を設けたと同程度の意匠的特徴としか認識されないものである。

これらの形態を採用したことに創作性を認めた審決の判断は、誤りである。

4  全体的考察について

本件登録意匠を構成する各部の構成部分ないし構成要素は、いずれも、それ自体、甲号各証により周知であることの明らかな形態であり、しかも、本件登録意匠全体は、同意匠に係る物品であるインクリボン付カートリッジの基本形態(これは、甲第3号証の1の1ないし9に示されている。)について、上記各部を慣用的手法に基づいて統合して採用したものにすぎないから、この点に意匠の創作性を認めることもできない。

第4  被告の反論

審決の認定判断は、いずれも正当であって、審決を取り消すべき理由はない。

1  基本的な構成態様(1)〈1〉ないし〈3〉及び具体的な構成態様(2)ないし(4)についての審決の認定判断は、正当であり、この点に関する原告の主張は、理由がない。

2  具体的な構成態様(5)について

原告は、筺体の四隅を隅切りにすることは、甲第3号証の2、甲第3号証の3の1ないし11に示されている旨主張するけれども、甲第3号証の2の第1、3図をみると、一見、四隅が隅切りされているように見えるが、手前側の隅部は、上面が斜状に隅切りされているのに対して、下面は直角状に切断されており、四隅を隅切りにしたとはいえない。また、甲第3号証の3の1ないし11のものは、上端2隅を斜状に切り落しているだけであって、四隅を隅切りにしたとはいえない。

一般に略直方体形状の物品において四隅を斜めに直線状に切除することは周知慣用されているとの原告主張は、証拠に基づかないものである。したがって、これを前提とする原告主張は、失当である。

3  具体的な構成態様(6)ないし(14)について

原告は、具体的な構成態様(6)ないし(14)は、本件登録意匠に係る物品をキャリッジ上に所定位置に装着して当該物品本来の機能を達成するために不可欠な形態であって、それら形態には何ら意匠としての創作性を認めることができない旨主張するけれども、物品本来の機能を達成するために不可欠の形態であっても、他の形態と組み合わせることによって十分に創作性を生じることがあるから、原告の上記主張は、理由がない。

4  全体的考察について

結局のところ、原告は、本件登録意匠を構成する各部分ないし各要素を概念的に把握して、概念的に把握した限りでの各部分ないし各要素が周知であると主張しているに過ぎない。しかし、審決は、更に踏み込んで、それらの各部分ないし各要素を組み合わせて統合した形態全体に着目し、それが既知であることは明らかでないと認定判断し、さらに、本件登録意匠を構成する各部分ないし各要素の具体的態様が既に知られていることも認められないとも認定判断したうえで、結論に至っている。審決の認定判断に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  原告が審決取消事由として主張するところは、要するに、本件登録意匠を構成する各要素(これが審決認定のとおりであることについては、当事者間に争いがない。)は、いずれも、それ自体、日本国内において広く知られた形態といえるか、広く知られた形態から容易に創作できる形態といえるかのいずれかであり、しかも、これらの各要素を統合することも、困難なくなし得たものであったから、意匠法3条2項に該当するというにある。

そこでまず、本件登録意匠を構成する各要素が、本件登録意匠の登録出願当時、日本国内において広く知られるに至っていたと認められるかにつき検討する。

(1)  基本的な構成態様について

甲第3号証の1の4ないし6によれば、昭和60年11月までに、基本的な構成態様(1)〈1〉ないし〈3〉、〈5〉ないし〈7〉を具備する形状のものが特許あるいは実用新案の公開公報によって開示されていたことが認められ、これによれば、基本的な構成態様(1)〈1〉ないし〈3〉、〈5〉ないし〈7〉は、本件登録意匠の登録出願当時(昭和62年5月13日)、既に、日本国内において当業者間に広く知られた形状になっていたと推認することができる。

基本的な構成態様(1)〈4〉、すなわち、四隅を小さい斜状に隅切りしている形状が、上記出願当時、当業者間でインクリボン付カートリッジのものとして日本国内において広く知られた形状となっていたとは、本件全証拠によっても認めることができない。すなわち、甲第3号証の3の1、2、4ないし10によれば、隅が小さい斜状に隅切りした意匠のものが昭和60年から61年にかけて特許あるいは実用新案の公開公報に相当数開示されていることが認められるが、これらは、いずれも、筺体の上面の両隅のみを隅切りしたものであり、甲第3号証の2(昭和62年5月6日公開の実開昭62-70963号公報)、甲第3号証の3の11(同日公開の実開昭62-70965号公報)には四隅(後者については一隅の形状が他の三隅と大きく異る。)において隅切りのなされたものが開示されているが、これらの公開の時期やこれらが同一の出願人に係るものである事実に照らすと、これらをもって直ちに上記事実を認定することはできず、他にもこれを認めさせる証拠はない。

(2)  具体的な構成態様について

具体的な構成態様(3)の「透孔につき、その内周面にテープ状のリボンの巻取り用リールの中空円筒状で数個の突起を有する軸心の内周面が表れる」という形状は、甲第3号証の1の1ないし9等から、本件登録意匠の登録出願当時、日本国内において広く知られた形状であったことが明らかである。

具体的な構成態様(6)、(10)、(11)のうちの、筺体の下面部の中央寄り左右対称に設けられた凹部の外側において、中央寄りから両端の斜面部までの間に、最奥部に小さい爪部のある細溝部、次に、奥行きが筐体の厚みの半分の切欠き状となっている矩形状窓部を設けるという形状が、上記出願当時、当業者間で日本国内において広く知られた形状となっていたとは、本件全証拠によっても認めることができない。

具体的な構成態様(12)の、筺体上面左右両隅の斜面際にごく小さな凹状切欠き部を各1個対称状に設けている形状が、上記出願当時、当業者間で日本国内において広く知られた形状となっていたとは、本件全証拠によっても認めることができない。

具体的な構成態様(13)の、筐体上面中央に、正面から見て、小横長方形状の切欠き状凹部を奥行き一杯に設けた形状は、甲第3号証の3の2ないし10から、本件登録意匠の登録出願当時、当業者間で日本国内において広く知られた形状となっていたものと認められる。ただし、奥行き中央に左右幅一杯に細幅突条の爪部を配しているとの形状は、これが、上記出願当時、当業者間で日本国内において広く知られた形状となっていたとは、本件全証拠によっても認めることができない。

その余の具体的な構成態様は、いずれも、広く知られた基本的な構成態様の範囲内で当業者が適宜選択し決定し得た形状というべきである。

(3)  以上によれば、本件登録意匠は、基本的な構成態様(1)〈4〉の四隅を小さい斜状に隅切りしている形状及びそれを前提とする具体的な構成態様(5)の形状、具体的な構成態様(6)、(10)、(11)のうちの、筺体の下面部の中央寄り左右対称に設けられた凹部の外側において、中央寄りから両端の斜面部までの間に、最奥部に小さい爪部のある細溝部、次に、奥行きが筐体の厚みの半分の切欠き状となっている矩形状窓部を設けるという形状、具体的な構成態様(12)の、筺体上面左右両隅の斜面際にごく小さな凹状切欠き部を各1個対称状に設けている形状、具体的な構成態様(13)のうちの、切欠き状凹部の奥行き中央に左右幅一杯に細幅突条の爪部を配している形状においては、本件登録意匠の登録出願当時、当業者間で日本国内において広く知られた形状となっていたとすることができない。

2  次に、本件登録意匠中の上記広く知られた形状となっていたといえない意匠部分が意匠的に有する意味と、それが広く知られた形状等に基づいて容易に創作をすることができたものであったか否かについて検討する。

(1)  本件登録意匠の基本的な構成態様(1)〈4〉の四隅を小さい斜状に隅切りしている形状及び具体的な構成態様(5)の形状では、筺体の上面において両隅を小さい斜状に隅切りしたのみならず、筺体の下端部、すなわち、インクリボン付カートリッジのリボンと接する側にも両端に小さい斜状に隅切りを設け、しかも、斜面の大きさを、単純に四隅すべてに同じくすることはなく、上端側と下端側とで差を設けているため、正面視あるいは斜視したときに、本件登録意匠の上記形状は、従来の筺体の上面において両隅が小さい斜状に隅切りしたのみの形態との対比において意匠的な特徴を有していることは明らかである。そして、本件登録意匠に係る物品であるインクリボン付カートリッジを離れて見た場合、略直方体形状の物品の四隅と斜めに直線状に切除したものは、審決も挙げる花瓶敷きや置物台に見られるように広く知られた形状であるが、この形状をインクリボン付カートリッジに適用することが容易であったとは、直ちにはいえない。上記形状は、インクリボン付カートリッジの意匠を創作する出発点とはなり得るものであるが、現実にこれをインクリボン付カートリッジに適用するに当たっては、置物台などと違って、意匠的要素とは別のその機能への配慮などのために、意匠に関する発想の自由が制限される面のあることは避けられず、その結果、事後的に考えれば、容易であったはずのものが、その時点では、現実には容易ではなかったということも、往々にして生じ得ることであり、本件はそれに当たると思われる。前述のとおり、本件登録意匠の登録出願前になされた相当数の特許あるいは実用新案の公開公報においてそこに見られるインクリボン付カートリッジは、隅切りがなされていないのではなく、現になされているにもかかわらず、甲第3号証の2及び甲第3号証の3の11という同一人の出願に係る少数の例外を除き、上面においてしかなされていないものばかりであるという事実が、これを裏付けているといえよう。要するに、本件登録意匠の上記意匠的特徴は、当業者にとって意表をつく形状であったものというべきである。

(2)  具体的な構成態様(6)、(10)、(11)のうちの、筺体の下面部の中央寄り左右対称に設けられた凹部の外側において、中央寄りから両端の斜面部までの間に、最奥部に小さい爪部のある細溝部、次に、奥行きが筐体の厚みの半分の切欠き状となっている矩形状窓部を設けるという形状は、従来の意匠にない独創的なものというべきであって、広く知られた形状等に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものということはできない。また、これらの意匠的特徴を、局部的なものあるいは微細なものとして軽視することはできないというべきである。

(3)  具体的な構成態様(12)の、筺体上面左右両隅の斜面際にごく小さな凹状切欠き部を各1個対称状に設けている形状もまた、従来の意匠にない独創的なものというべきであって、広く知られた形状等の結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものということはできない。これもまた、その意匠的特徴を、局部的なものあるいは微細なものとして軽視することはできないというべきである。

(4)  具体的な構成態様(13)のうちの、切欠き状凹部の奥行き中央に左右幅一杯に細幅突条の爪部を配している形状は、従来の意匠にない独創的なものではあるが、局部的なものであるため、本件登録意匠全体に対する意匠的な効果は、さほどのものとはいいがたい。

(5)  原告は、具体的な構成態様(6)ないし(14)は、何ら意匠としての創作性を認めることができない旨主張するけれども、少なくとも上記(1)ないし(3)に認定した各形状について、原告の上記主張を裏付けるに足りる証拠は存しないから、失当というほかない。

また、原告は、審決が具体的な態様として指摘する(6)ないし(11)及び(14)は、いずれも意匠公報からはほとんど視認し得ないような細部の形態であり、看者にとっては、単に周知慣用の手法によって左右対称に一対の凹部を設けたと同程度の意匠的特徴としか認識されないものであり、審決が具体的な態様として指摘する(12)及び(13)は、いずれも意匠公報からはほとんど視認し得ないような細部の形態であり、看者にとっては、単に周知慣用の手法によって位置決め用の凹部を設けたと同程度の意匠的特徴としか認識されないものである旨主張するけれども、上記と同様の理由により、原告の主張は、失当である。

3  以上のとおりであるから、本件登録意匠につき、意匠法3条2項該当事由が存したとすることはできず、これと同旨の審決はその限りにおいて正当である。その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

〈省略〉

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